真夏の昼下がり、工場の休憩スペースで水筒の水を飲みながらひと息つく作業者と、その様子に気を配る現場リーダー

熱中症対策の義務化。町工場で最低限そろえる3つと当日の動き方

七月の午後二時。シャッターを開け放しても、工場の中はぬるい風が回るだけ。 機械の熱と、天井から降りてくる日射しで、ジャケットの中はもう汗でぐしょぐしょです。

「まあ、毎年こんなもんだから」。 そう言って水を一口飲んで、また持ち場に戻る。町工場の夏は、だいたいそうやって過ぎていきます。

ただ、2025年6月から、熱中症への備えは事業者の義務になりました。 そう聞くと「また書類か」と気が重くなるかもしれません。でも中身を見ると、求められているのは驚くほど地味なことです。決めて、貼って、伝える。 それだけです。

この記事では、義務の中身をかみくだいたうえで、A4一枚でそろえられる形に一緒に整理します。

結論:やることは3つです。①具合が悪くなったとき誰に言うかを決める、②見つけたときどう動くかの手順を決める、③その2つを現場のみんなに伝える。書式は自由で、A4一枚の紙を休憩室に貼るだけでも形になります。設備投資の話は、その後で大丈夫です。

まず今日決めたいのは、スポットクーラーを何台買うかではありません。 「しんどい」と言える相手が、現場で決まっているか。ここがいちばん効きます。

何が起きているか — 「気合い」で乗り切る前提が変わった

熱中症は、我慢の量で決まる話ではありません。 体の中に入る熱と、外に出せる熱の差で決まります。だから、体力のあるベテランでも起きます。むしろ「自分は大丈夫」と思っている人ほど、休むのが遅れます。

そして町工場の作業場は、条件がそろいやすい場所です。

ここで出てくるのが WBGT(暑さ指数) です。気温だけでなく、湿度と輻射熱まで含めて「体にとっての暑さ」を表した数字で、単位は気温と同じ℃ですが、気温とは別のものです。同じ32℃でも、湿度の高い工場の中は、外より体にきついことがあります。

2025年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則では、この WBGT が 28℃以上、または気温31℃以上の場所で、連続1時間以上、あるいは1日あたり4時間を超えて行われることが見込まれる作業を対象に、事業者へ次の3つを求めています。

  1. 報告体制の整備:熱中症の自覚症状がある人や、その疑いのある人を見つけた人が、誰に・どうやって知らせるかを定めること
  2. 対応手順の作成:疑いのある人を把握したとき、どう動くか(作業をやめさせる、体を冷やす、医療機関へつなぐ等)の手順を定めること
  3. 関係者への周知:1と2を、その作業に関わる人たちに知らせること

会社の規模による例外はありません。従業員が数人の工場でも同じです。 ただ、裏を返すと求められているのは「決めること」と「伝えること」であって、高価な設備を入れることではない、ということでもあります。

対象になるかどうかの細かい判断や、最新の様式例は、厚生労働省・都道府県労働局の資料が一次情報です。迷ったら、所轄の労働基準監督署に電話で聞けば教えてもらえます。責められる質問ではありません。

具体例 — 「言いにくさ」で遅れることのほうが多い

現場で起きていることを、少し具体的に置いてみます。

たとえば、午後の材料出しをしている作業者が、頭が重くて足元がふらつく感じがしてきたとします。 本人の頭に浮かぶのは、たいてい体調のことではありません。

こうして30分、1時間と遅れます。 熱中症で重くなるケースの多くは、体力の差というより、この「言いにくさ」で初動が遅れたことが効いています。

だから、報告体制を決めるというのは、書類仕事ではなく、この遠慮を先に外しておく作業です。

「体調が変だと思ったら、機械を止めて班長に言ってください。止めた判断で叱られることはありません」

この一言を、朝礼で口に出して、紙にも書いて貼っておく。 それだけで、さっきの30分がずいぶん短くなります。

もうひとつ、見落とされやすいのが一人作業です。 夕方、一人だけ残って仕上げをする。倉庫やメッキ槽まわりなど、普段人が通らない場所で作業する。こういう持ち場は、本人が動けなくなったときに誰も気づきません。

暑い日の一人作業は、「◯時に一度、事務所に顔を出す」「無線か携帯で一声かける」といった声の往復を決めておくだけで、だいぶ違います。

影響 — 決めておくと、その日の判断が早くなる

手順を先に決めておく効果は、書類がそろうことではありません。 暑い日の現場で、迷う時間が消えることです。

何も決まっていない状態で誰かが倒れると、その場にいる人はこう迷います。

この迷いが、いちばん危ない時間です。 反対に、A4一枚に「涼しい場所=休憩室」「保冷剤=製氷機の下の段」「判断に迷ったら救急車を優先」と書いてあれば、その場の誰でも動けます。

そしてこれは、若手や新しく入った人にとって大きな安心になります。 「この工場は、しんどいときに言っていい場所なんだ」と分かることは、定着にも効きます。人が採りにくい今、これは地味ですが確かな強みです。

明日やること — A4一枚で、3つをそろえる

一度に完璧なものを作らなくて大丈夫です。まずは紙一枚から始めます。

ステップ1:報告先を決めて、名前で書く

「上司に報告」ではなく、具体的な名前と連絡手段まで書きます。

体調が変だと思ったら、すぐ作業をやめて知らせてください。
 平日 昼 :山田(工場内・内線2/携帯 090-****-****)
 山田が不在:田中(事務所)
 だれもつかまらない:まず自分の作業を止めて、休憩室へ

最後の一行が大事です。誰にもつながらなかったときの逃げ道を書いておくと、遠慮が消えます。

ステップ2:見つけたときの動き方を3つに絞って書く

覚えられない手順は、いざというとき使えません。3つに絞ります。

熱中症の疑いに気づいたときの三つの動き方を順に示した図
覚えることは3つだけ。まず作業をとめて涼しい場所へ、次に体を冷やして水分をとり、そばを離れずに連絡する。

① 作業をとめる 機械を止めて、涼しい場所へ移ります。エアコンのある事務所・休憩室など、行き先を場所の名前で決めておきます。

② 体を冷やす 作業着やベルトをゆるめて、首すじ・わきの下・足の付け根を保冷剤や濡れタオルで冷やします。意識がはっきりしていて自分で飲めるなら、水分と塩分(経口補水液など)をとってもらいます。

③ 連絡する そばを離れずに、決めた人へ連絡します。そして、次のどれかがあれば、迷わず救急車を呼びます

「大げさだったかも」で構いません。呼ばずに様子を見て遅れるほうが、あとで悔やみます。

ステップ3:朝礼で読み上げて、貼る

作った紙を、休憩室と事務所の見えるところに貼ります。 そして朝礼で一度、声に出して読み上げます。周知は「配った」ではなく「伝わった」で完成します。

貼るときに、その日の暑さ指数を書き込む欄を作っておくと続きます。環境省の熱中症予防情報サイトや天気アプリで地域の数値が見られますし、黒球付きのWBGT計は数千円から手に入ります。

余裕があれば、環境と装備も一つずつ

義務の3つがそろったら、次はここです。全部いっぺんにやらなくて大丈夫です。

粉じん・騒音も、この機会に一緒に

暑さ対策を見直すと、保護具の話が必ず出ます。せっかくなので、同じ紙の隅にメモしておくと後が楽です。

どちらも「暑いから外す」が起きやすい季節です。責める話ではなく、外したくなる理由のほう(蒸れる、耳が痛い)を聞いて、合うものに替えるのが近道です。

熱中症対策チェックリスト

10項目ありますが、全部そろえなくて大丈夫です。まずは「今日やる最低ライン」の3つだけで十分です。

今日やる最低ライン(この3つだけ)

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よければ、こちらも

夏の夕方、作業を終えた仲間同士が休憩スペースで笑い合いながら水分をとっている場面

暑さ対策は、根性の話ではありません。 決めごとを紙一枚にして、声に出して伝える。それだけで、いざというときに現場の誰かが迷わず動けます。

そして、この紙をつくることは、「この工場は人を大事にする」と伝えることでもあります。 派手さはありませんが、暑い夏を全員で越えられたという事実は、来年の現場に確かに残ります。

今日、報告先の名前をひとつ紙に書けたなら、それでもう始まっています。 どうか、無理のない一日を。