朝の町工場で、作業台の脇に立つ入りたての新人が、少し離れた場所で動いている先輩たちを見ながら、何をしていいかわからず手持ち無沙汰にしている情景

新人の定着は最初の3か月。町工場の受け入れでやることの順番

先週入ったばかりの人が、今朝は来ていない。

電話をしても出ない。夕方になって、短いメッセージだけが届く。 求人を出して、面接をして、やっと来てくれた人でした。作業服も安全靴もそろえて、社会保険の手続きも済ませたところでした。

「うちの仕事が合わなかったのかな」と思う。 「最近の若い子は」と、口には出さないけれど少しだけ思う。 でも本当のところは、こちらもよくわからないままです。

人が辞めるのは、現場のせいでも、その人のせいでもないことが多いです。 辞めた人に理由を聞けた工場の話を並べていくと、出てくるのは「仕事がきつかった」より先に、「何を聞いていいかわからなかった」「自分がここにいていいのかわからなかった」という言葉のほうでした。

この記事で一緒に整理したいのは、根性論ではありません。 入ってから3か月のあいだ、受け入れる側が何を、どの順番で用意しておくかです。増やすのは仕事ではなく、段取りです。

結論:最初の3か月は、教える中身より「聞ける相手」と「自分の場所」を先に用意します。①初日までに、作業服・保護具・工具の置き場・今日やることの紙をそろえる ②質問していい相手を1人だけ決めて、本人に名前で伝える1週間・1か月・3か月の3回だけ、15分の振り返りをする。この3つで、辞める理由の多くは先に消えます。

進める順番は、こうです。

  1. 入る前に、置き場と持ち物をそろえる(初日にバタバタしないため)
  2. 初日に、安全のことと「聞く相手」を伝える
  3. 最初の1週間は、覚えることを1日1つに絞る
  4. 1か月目に、小さい仕事を1つだけ任せる
  5. 3か月目に、15分の振り返りをして、次の3か月を決める

大事なのは1番です。 初日に「あれ、ロッカーどうしよう」「工具、誰のを使ってもらう?」と探し始めると、その時間は新人からは「自分は想定されていなかった」ように見えます。実際は歓迎しているのに、伝わり方が逆になってしまう。

何が起きているか──辞める理由は、たいてい仕事の中身ではない

新人が来る日までに用意しておく3つのものを並べた説明図。左が保護具一式、中央が新人用の工具と置き場、右が今日やることを書いた紙
初日までにそろえておくのは、この3つ。教える中身より先に、この3つがあるかどうかで最初の1日の空気が変わる

早い時期に辞めてしまうとき、起きていることはだいたい次の3つです。

1つ目は、聞く相手が決まっていないこと。 少人数の現場では「みんなで見る」ことが多いです。ところが「みんな」は、新人からすると「誰でもない」に近い。全員が忙しそうに動いていると、声をかける瞬間がどこにもありません。結果、わからないまま止まって立っているか、自己流で進めて後から直されることになります。

2つ目は、自分の場所がないこと。 ロッカーが空いていない、工具は借り物、作業台も日によって違う。荷物を持って歩き回る日が続くと、「自分はまだお客さんなのかもしれない」という感覚が残ります。工具や置き場の考え方は 工具・治具の置き場を決めて、探すムダを減らす整理の手順 と同じで、場所が決まっていないものは、人の頭の中でも定まりません

3つ目は、できたことが誰にも見られていないこと。 現場では、できていないことのほうが目につきます。バリの取り残し、寸法の外れ、片付けの順番。指摘は仕事として当然なのですが、指摘だけが続く3か月は、本人からすると「自分は向いていない」という結論に着地しやすくなります。

つまり、辞める理由の多くは技能ではなく、関係と置き場の問題です。 そしてここは、忙しい現場でも、段取りで先に用意できる部分です。

入る前の1週間でやること

新人が来る日が決まったら、その前にそろえるものがあります。図の3つです。

あわせて、ロッカーと、休憩室の座る場所を決めておきます。休憩時間にどこに座るか迷う10分は、思っているよりこたえます。

そしてもう1つ、その人が来ることを、現場全員に前もって伝えておくこと。名前と、どの工程に入る予定かだけで構いません。朝礼で初めて知る人がいる状態だと、迎える側もぎこちなくなります。

初日にやること──安全と、聞く相手

初日にやることは、実は多くありません。作業を教えるのは翌日からでも間に合います。

1. 雇入れ時の安全衛生教育をきちんとやる

これは労働安全衛生法で決まっている、事業者側の義務です。機械や工具の取り扱い、保護具の使い方、作業手順、整理整頓、事故が起きたときの対応など、決められた項目を入社時に教えることになっています。

形式的に済ませたくなるところですが、町工場では、これが本人の身を守る話そのものです。とくに、その現場で実際に危ない場所──動いている機械のどこに近づかないか、切粉をどう扱うか、フォークリフトの通り道はどこか──は、教科書ではなく現場を歩きながら伝わります。

実施した日付と、教えた項目、教えた人の名前を記録に残しておきます。数か月後に「あれは教えたはず」で揉めないためでもあり、次に人が入ったときのひな形にもなります。ヒヤリとした事例の集め方は ヒヤリ・ハットが集まらない現場で、報告を続ける仕組みのつくり方 にまとめています。

2. 「困ったらこの人」を1人決めて、名前で伝える

ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。

「わからないことがあったら、誰でもいいから聞いてね」ではなく、「わからないことは、まず◯◯さんに聞いて」と、名前で言い切ります。 そして同時に、その◯◯さん本人にも「この3か月、この人の質問を受ける役をお願いします」と伝えておきます。

この一手だけで、新人が黙って止まる時間が大きく減ります。 選ぶ人は、いちばん技能が高い人でなくて構いません。むしろ、1〜3年先に入った、少し年齢の近い人のほうがうまくいくことが多いです。聞くほうも気が楽で、聞かれるほうも「自分が入ったときの気持ち」を覚えています。

指名された側の負担が心配なら、「答えられないことは一緒に社長のところへ持ってきていい」と足しておきます。抱え込ませないための一言です。

3. 現場を一周して、名前と顔を合わせる

工場の中を一緒に歩いて、いる人に一人ずつ名前を伝えます。5人の会社なら5分で終わります。 このとき、機械や工程の説明は最小限で構いません。初日は覚えられません。誰がどこにいるかだけ入っていれば十分です。

最初の1週間──覚えることは1日1つ

1週間目は、覚えることを1日1つに絞ります。多くても2つ。

初日は安全と場所。2日目は掃除と片付けの流れ。3日目は部品の運び方と置き方。4日目は測定具の扱い方。5日目は担当する工程の見学、というくらいのゆっくりさで大丈夫です。

早く戦力になってほしい気持ちはあります。ただ、1週目に詰め込んだことは、たいてい2週目に残っていません。それを見て「覚えが悪い」と判断してしまうのが、いちばんもったいない誤解です。

この時期に効くのは、その日の終わりの2分です。 「今日は何をやった?」「わからなかったことある?」を聞くだけ。答えが出てこなくても構いません。毎日聞かれる状態を作ること自体が、質問していい空気になります。

技能をどの順番で身につけてもらうかは 新人が独り立ちするまで、無理のないOJT計画の立て方 に整理しています。この記事の受け入れの段取りと、そちらの計画は組み合わせて使えます。

1か月目──小さい仕事を1つだけ任せる

1か月を過ぎたあたりで、その人が「自分の担当」と呼べる仕事を1つ渡します。

大きい仕事である必要はありません。

ポイントは、「手伝う」ではなく「その人がやることになっている」状態にすることです。手伝いはいくらやっても、自分の仕事にはなりません。ひとつでも「これは自分の担当」があると、朝、工場に来る理由ができます。

任せたら、できたときに一度だけ言葉にします。「点検、毎日ちゃんと入ってるね。助かってる」で十分です。長く褒める必要はありません。むしろ短いほうが、照れずに伝わります。

この時期に、作業のやり方を紙にしておくと後がずっと楽になります。書き方は 作業標準書の書き方、現場が実際に使う一枚に整えるには をどうぞ。ベテランの頭の中にしかない手順を言葉にする話は ベテランの勘・コツを言葉にする、暗黙知を引き出す問いかけ方 が近い内容です。

3か月目──15分だけ、向かい合って話す

3か月目に、15分だけ時間を取って話します。会議室がなければ、休憩室でも、事務所の机でも構いません。

聞くことは4つだけです。

  1. この3か月でできるようになったと思うことは何か
  2. まだ不安なこと、聞きづらかったことはあるか
  3. 今の仕事で、しんどいと感じる場面はあるか
  4. 次の3か月で、覚えたいことは何か

大事なのは、こちらが評価を言い渡す場にしないことです。順番としては、まず本人に話してもらってから、こちらから「ここは助かっている」を1つ伝える。改善してほしい点は、1つだけにします。3つ言うと、本人の記憶には悪い評価だけが残ります。

そして最後に、次の3か月で覚えることを一緒に1つか2つ決めます。ここまで来ると、スキルマップの出番です。何ができて何がこれからかを一枚の表にする方法は スキルマップのつくり方、多能工化はまず一枚の表から にまとめています。表があると、この面談が「気持ちの話」で終わらず、次の行動につながります。

影響──採用にかかる手間は、定着の手間よりずっと大きい

早期に辞めてしまうと、失われるのは教えた時間だけではありません。

求人を出し直す手間、面接の時間、社会保険の入退社手続き、作業服や保護具の再手配。そして何より、教えた側の気持ちが削れます。「また辞めるかもしれない」と思いながら教えるのは、教える側にとってもつらいことです。それが次の新人への接し方に出て、さらに定着しにくくなる。この循環がいちばん重い損失です。

一方で、この記事で挙げた段取り──入る前の準備、聞く相手の指名、3回の振り返り──にかかる時間は、全部合わせても数時間です。準備に1時間、初日の説明に2時間、振り返りが15分×3回。

もちろん、これを全部やっても辞める人はいます。合う・合わないは、どうしてもある。 ただそのときも、「やれることはやった」という状態で見送れるのと、「もっとできたかもしれない」が残るのとでは、次の採用への向き合い方が変わります。

募集の段階で仕事の中身を正直に書いておくことも、入ってからのズレを減らします。書き方は 少人数の町工場で応募が来る、求人募集文の書き方 にまとめています。

明日やること

明日、30分だけ時間が取れたら、この順番で試してみてください。

全部そろえなくて大丈夫です。 「聞く相手を1人決めて、名前で伝える」だけでも、明日から効きます。

新人受け入れのチェックリスト

11個そろっている現場は、そう多くありません。 いま4つか5つに丸がつくなら、受け入れの形はもうできています。残りは、次に人が入るまでに1つ足せば十分です。

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人が辞めると、どうしても自分たちのやり方を疑ってしまいます。 教え方が悪かったのか、厳しすぎたのか、それとも優しすぎたのか。

ただ、少人数の現場で人を育てながら仕事を回してきたこと自体が、簡単なことではありません。 誰も教えてくれないまま、みなさんはずっとそれをやってきました。

3か月で辞めない現場になるために必要なのは、特別な制度ではなく、入る前の1時間と、15分の振り返り3回です。 今日は、「困ったらこの人」を1人決めるところまでで十分です。それだけで、次に入る人の3か月は、だいぶ違うものになります。