
赤字受注を見抜く、限界利益で「受ける仕事」を選ぶ
「この単価、正直きびしいな……でも、断って仕事が減るのも怖い」。 取引先から届いた見積依頼を前に、そう迷ったことはありませんか。
受ければ赤字かもしれない。でも、機械を止めておくよりはマシかもしれない。 断れば、次から声がかからなくなるかもしれない。 そんな板挟みのなかで、結局「なんとなく」で受けるか断るかを決めてしまう。あとになって「あの仕事、やっぱり損だったかも」と引きずる。
この記事では、その「受けるか・断るか」の迷いを、感覚ではなく一本の数字で見分ける方法を一緒に整理します。 使うのは、限界利益(げんかいりえき) という考え方です。むずかしい原価計算システムはいりません。売価と、材料費・外注費だけあれば、電卓で確かめられます。
結論:受注判断は「総原価で黒字か赤字か」ではなく、まず「限界利益がプラスかマイナスか」で見ます。限界利益=売価−変動費(作るほどかかる費用)。①これがマイナスなら、作るほど損が増えるので本当の赤字受注です。②プラスで、しかも手が空いているなら、総原価では赤字に見えても受けたほうが会社にお金が残ることがあります。③忙しくて手が回らないときは、「1時間あたりの限界利益」が高い仕事を優先します。
「総原価で赤字」と「本当の赤字」は違う

まず、言葉をひとつだけ整理させてください。
原価には、大きく二種類あります。 ひとつは 変動費(へんどうひ)。材料費や外注費、動力費のように、作れば作るほど増える費用です。 もうひとつは 固定費(こていひ)。家賃や、正社員の給料、機械のリース料のように、その仕事を受けても受けなくてもかかる費用です。
限界利益とは、売価から変動費だけを引いた残りのことです(貢献利益とも呼びます)。
限界利益 = 売価 − 変動費(材料費・外注費・動力費など)
なぜ、固定費を引く前の数字をわざわざ見るのか。 それは、固定費が「その仕事を断っても消えない費用」だからです。
たとえば、総原価(変動費+固定費の配賦)で計算すると1個9,500円かかる仕事を、9,000円で打診されたとします。 総原価で見れば1個500円の赤字。ふつうなら「割に合わない」と断りたくなります。
でも、内訳を分けてみます。変動費が6,000円だとすると、限界利益は3,000円です(9,000 − 6,000)。 もし今、その機械が手待ちで空いているなら——受けなければ、その3,000円は入ってきません。受ければ、固定費の回収に3,000円ぶん回ります。 つまり、手が空いているなら、この仕事は「受けたほうが会社にお金が残る」ことになります。
ここが、感覚だけで判断すると取りこぼしやすいところです。 「総原価で赤字だから断る」だけだと、本当は回収に役立つ仕事まで手放してしまうことがあるのですね。
手順を小さく分けて確かめる
一度に精密な原価計算をしようとせず、目の前の1件から始めましょう。
まず、その仕事の変動費だけを出す。 材料費・外注費・その仕事のために増える動力費など、「受けたから増える費用」だけを足します。 正社員の給料や家賃など、受けても受けなくてもかかる固定費は、ここでは入れません。パートさんの残業や、その仕事のために外注に出す加工賃は変動費に入ります。
次に、限界利益を計算する。 売価から、いま出した変動費を引きます。
- 例:売価10,000円 − 変動費6,000円 = 限界利益4,000円(限界利益率40%)
- 例:売価5,000円 − 変動費5,500円 = 限界利益マイナス500円
下の例のように限界利益がマイナスなら、作るほど1個500円ずつ損が増えます。これは手が空いていようがいまいが、受けてはいけない「本当の赤字受注」です。値上げの相談か、変動費を下げられないかを先に考えます。
その後、手が空いているか・忙しいかで分ける。 限界利益がプラスだったとき、判断は工場の状況で変わります。
- 手が空いている(機械が止まっている):限界利益がプラスなら、受けたぶんだけ固定費の回収が進みます。総原価で赤字に見えても、受ける価値があります。
- 手がいっぱい(断らないと回らない):その仕事を受けると、別の仕事が押し出されます。このときは「1時間あたりの限界利益」で比べます。
忙しいときの比べ方の例です。
- 仕事A:限界利益4,000円、加工に2時間 → 1時間あたり2,000円(4,000 ÷ 2)
- 仕事B:限界利益3,000円、加工に1時間 → 1時間あたり3,000円(3,000 ÷ 1)
限界利益の額だけ見るとAが大きいですが、忙しくて時間が取り合いになっているときは、1時間あたりで多く稼ぐBを優先したほうが、工場全体の手残りは増えます。 (この「1時間あたり」の考え方は、加工賃の時間チャージと同じ土台です。詳しくは末尾のリンクへ。)
なお、原価の集計や固定費・変動費の分け方、税務上の扱いは会社ごとに事情が異なります。 制度に関わる部分や継続的な取引条件は、最新の公式情報や顧問の専門家、取引先との取り決め書面を正として確認しながら進めると安心です。ここでは、現場で「受けるか断るか」を判断するための見方に絞って整理しています。
「受けてもいい赤字」を常態にしないための注意
限界利益プラスなら受けていい、という話には、大事な前提があります。ここを外すと、じわじわ苦しくなります。
- 本当に手が空いているか。他の仕事を断ってまで受けるなら、それは「手が空いている」状態ではありません。押し出される仕事の限界利益と比べます。
- その値段が「次の基準」にならないか。「前回この値段で受けてくれたよね」と、安い単価が定番になってしまうと、固定費を回収できない体質になります。スポット(今回だけの単発)と、継続の量産は分けて考えます。
- 固定費が増えていないか。残業代が増える、新しい人を雇う、設備を足す——受けたことで固定費そのものが増えるなら、それは変動費に近い扱いで見直します。
- 限界利益プラス=黒字ではない。あくまで「固定費の回収に貢献する」というだけです。すべての仕事の限界利益の合計が、月の固定費を上回って初めて、会社に利益が残ります。
つまり限界利益は、「1件ずつの受注判断」に効く道具です。会社全体が黒字かどうかは、また別に見る必要があります。
受注判断チェックリスト(コピーして使えます)
見積依頼が来たとき、上から順に確かめれば「受けるか・断るか」の材料がそろいます。
まず確かめる(最低ライン)
- その仕事の変動費(材料費・外注費・増える動力費)だけを書き出したか
- 限界利益(売価 − 変動費)を計算したか
- 限界利益がマイナスでないか(マイナスなら本当の赤字受注)
- いま工場の手が空いているか、忙しいかを確認したか
忙しいとき・継続案件のとき(該当時のみ)
- 「1時間あたりの限界利益」で他の仕事と比べたか
- この仕事を受けると押し出される仕事がないか確認したか
- その単価が「次回以降の基準」にならないか(スポットか継続かを分けたか)
- 受けることで残業・増員など固定費が増えないか確認したか
迷ったとき
- 断るのではなく、値上げか変動費削減の相談ができないか考えたか
- 会社全体で固定費を回収できているかを、別途たしかめたか
全部を一度にやる必要はありません。まずは目の前の1件で、変動費を書き出して限界利益を出してみる。それだけで、「なんとなく」だった判断に一本の軸ができます。
よければ、こちらも
- 変動費を出すときの原価の見落としを防ぐには、見積で見落としがちな原価を防ぐ確認の順番 もあわせてどうぞ。
- 「1時間あたり」の土台になる時間単価は、加工賃の時間チャージを自社で計算する手順 にまとめています。
- 限界利益がマイナスの仕事は、値上げ交渉のための原価根拠資料のつくり方 が次の一手になります。
- 試作・小ロットで利益を残す価格の決め方は、少量・試作の見積で利益を残す価格の決め方 で整理しています。

受けるか断るかの判断は、勘や度胸だけで背負うものではありません。 限界利益という一本のものさしがあれば、「これは受けていい」「これは相談しよう」と、静かに線を引けます。
きびしい単価の依頼に迷ったその夜、変動費を書き出してみようと思えた時点で、あなたの見積はもう一歩、実態に近づいています。