夕方の工場の休憩スペースで、提案用紙の入っていない空の回収ボックスを前に、顎に手を添えて考え込んでいる町工場のリーダー

改善提案が出ないのは、やる気の問題じゃない。提案が集まる整え方

提案用紙を刷って、掲示板の下に回収ボックスを置いたのが先月のはじめでした。

朝礼で「気づいたことがあったら、何でも書いてください」と話しました。用紙も鉛筆も置きました。書き方の見本まで貼りました。

ひと月経って、ボックスの中は空のままです。

かわりに、現場ではこんな声を毎日聞いています。「あの洗浄カゴ、腰が痛くなる高さやな」「このドリル、棚の奥にあるから毎回探すわ」。言った本人も、それが提案だとは思っていません。作業しながらこぼれた、ただのひとりごとです。

提案が出ないのではなく、出ているのに紙に乗っていない。 これが、多くの町工場で起きていることです。

結論:改善提案を集めたいときは、①用紙を配るのをやめて、現場が口で言ったことを自分が書き取る → ②3日以内に「やる/やらない/あとで」を返す → ③1件だけ実際に直して、言い出した人の名前を出す → ④やった結果を貼る(出た件数は貼らない) → ⑤回り始めてから、紙の様式にする — この順番で集まります。いちばん大事なのは②の返事です。 ここが抜けたまま用紙だけ増やすと、次からもっと出なくなります。

やることを並べると、こうなります。

  1. 3日間だけ、現場の声を自分がメモに書き取る
  2. 書き取ったものに、3日以内に返事をする
  3. そのうち1件だけ、実際に直す
  4. 直した結果を、言い出した人の名前つきで見えるところに貼る
  5. 声が続くようになってから、紙の様式を用意する

いちばん手間がかからないのは1番です。何も新しく始めなくていい。いつも聞いている声を、今日から書き留めるだけです。

何が起きているか — 提案は「思いつかない」のではなく「途中で止まっている」

改善提案が集まらないとき、原因を現場の意欲に求めたくなります。でも、ものづくりの現場で働く人は、たいてい毎日なにかを工夫しています。

治具をひとつ自作する。工具の並びを使いやすい順に変える。加工の順番を入れ替えて、段取りを1回減らす。これは全部、立派な改善です。ただ、それが「改善提案」という名前の紙まで届いていないだけです。

声から紙までの間に、だいたい3つの止まりどころがあります。

書く手間で止まる。 手に油がついた状態で、作業服のポケットからボールペンを出して、A4の用紙に「現状・問題点・改善案・期待効果」の4欄を埋めるのは、正直しんどい作業です。しかも書く場所は休憩スペースで、思いついた場所とは離れています。機械の前で浮かんだことは、休憩室に着くまでに半分忘れます。

評価される感じで止まる。 提案用紙に名前を書いて出すのは、採点される場に自分から出ていくのと似ています。「こんなことも知らんのか」と思われたらどうしよう。ベテランがずっとそうしてきたやり方に口を出すことにならないか。この気まずさは、若手ほど強く効きます。

返ってこないことで止まる。 これがいちばん大きい止まりどころです。以前どこかで一度、何かを言ってみた。そのとき「ああ、考えとくわ」と言われて、それきりだった。この経験が一度でもあると、次に何か気づいても、口に出す手前で止まります。悪気があって止めているのではなく、言う理由が見当たらないだけです。

つまり、空のボックスが示しているのは意欲の低さではなく、声から紙までの経路が、どこかで切れているという事実です。経路が切れているなら、用紙を増やしても、朝礼で呼びかけても、通る量は変わりません。

提案が回りはじめる、4つの動き

改善提案が回り始める4つの動きを、左から順に4場面で並べた図
現場の声を「気づく→書く→返す→やる」の順で一周させる。止まりやすいのは3つ目の「返す」。

止まっている経路をつなぎ直すには、気づく → 書く → 返す → やるを、小さくても一周させることです。

多くの現場で用意されているのは「書く」の部分だけです。用紙とボックスがそれにあたります。でも実際に詰まっているのは、その前の「気づいたことが口に出るか」と、その後の「返事が戻るか」のほうです。

一周が短いほど、次の声は出やすくなります。逆に、月イチの改善委員会にかけてから返す運用にすると、返事が届くころには本人が何を言ったか忘れています。忘れたころに返ってくる返事は、返事として働きません。

具体例 — 洗浄カゴの高さが変わるまで

ある工場での話として、具体的に追ってみます。

火曜の午前、洗浄工程で、パートの方が「このカゴ、腰にくるわ」とこぼしました。リーダーはその場でポケットのメモ帳を出して、3行だけ書きました。日付、言った人の名前、聞いたままの言葉。それだけです。分析も改善案も書きません。

木曜、リーダーは洗浄工程に寄って、こう言いました。「火曜に言うてはったカゴの高さ、あれ台を1段上げたら変わりますかね。来週やってみます」。この時点で、まだ何も直っていません。でも、声が届いていたことだけは伝わりました。

翌週、余っていた木製のパレットを1枚敷いて、カゴの位置を上げました。作業した本人に高さを見てもらって、微調整して終わり。かかったのは20分と、パレット1枚です。

そのあとリーダーは、休憩スペースの掲示板に1行だけ貼りました。「洗浄カゴの高さを上げました(◯◯さんの気づき)」。

次の週から、同じ工程の別の方が「あそこのホース、足に引っかかるんですわ」と言うようになりました。誰も用紙には書いていません。でも、経路はつながりました。

大事なのは、直した内容の大きさではありません。言った人の言葉が、目に見える形になって戻ってきたという一回の経験です。これが一度あると、次の声は自然に出ます。

影響 — 提案が止まると、危ないサインも一緒に止まる

改善提案が出ないことの影響は、改善が進まないことだけではありません。

現場から上に情報が上がる経路は、実はひとつです。「言ってもどうせ何も起きない」という感覚が根づくと、その経路を通るもの全部が減ります。

減るのは、こういうものです。「あの機械、先週から音が違う」。「この材料、いつもより硬い気がする」。「あそこ、危うく手を挟むところやった」。

どれも、あとから振り返ると故障や不良、けがの前触れだったと分かる情報です。改善提案とヒヤリ・ハットと異音の報告は、現場から見れば全部「気づいたことを言う」という同じ行為です。片方だけ元気に上がってくることは、あまりありません。

だから、提案が集まる経路を整えることは、改善活動の話であると同時に、品質と安全の話でもあります。似た仕組みなので、ヒヤリ・ハットの集め方と一緒に考えると早いこともあります。詳しくは ヒヤリ・ハットが集まらない現場で、報告を続ける仕組みのつくり方 にまとめています。

明日やること — 用紙を配る前の5ステップ

順番にやれば、最初の一周は2週間ほどで回ります。

1. 3日間だけ、聞いた声を自分が書き取る

新しく現場にお願いすることは、何もありません。書くのは、集める側であるあなたです。

ポケットに入る小さなメモ帳を1冊用意します。書くのは3行だけ。

「腰にくる」を「作業姿勢に改善余地あり」と言い換えないでください。言い換えた瞬間に、本人の言葉ではなくなります。あとで本人に返すとき、そのままの言葉のほうが「ああ、あれか」と伝わります。

3日回ると、たいてい5件から10件くらいたまります。ゼロだったなら、それはあなたが現場に立っている時間が短いということかもしれません。その場合は、まず1日30分でいいので、機械の横で立っている時間をつくるところからです。

2. 3日以内に、必ず返事をする

ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。

返事は3種類で足ります。

「やりません」と返すのは気が引けます。でも、理由つきで断られるのは、返事が来ないことよりずっとましです。 「あれは客先の指示で工程が決まってるから、うちだけでは変えられへんのよ」と言われれば、言った本人は納得します。しかも、その理由を知ったことで、次はもっと現実的な気づきが出てきます。

いちばんまずいのは、「ええ話やな、考えとくわ」で終えることです。これは本人には「断られた」と伝わらず、「無視された」と伝わります。

「あとで考えます」を使うときは、期限をセットにしてください。「来月の頭までに答えます」と言って、その日に答える。それだけで信用は保てます。

3. そのうち1件だけ、実際に直す

たまった5件から10件のうち、次の条件に当てはまるものを1件選びます。

3つ目が大事です。他工程の話だと、直しても本人の実感になりません。毎日その手で触る場所が変わることに、意味があります。

大きな案件から手をつけたくなりますが、最初の一周は小ささが正義です。設備投資が必要な提案は、いま選ばないでください。 検討に3か月かかって、また経路が切れます。

4. やった結果を、名前つきで貼る

掲示板に貼るのは1行です。

写真が1枚あれば、なお伝わります。スマホで撮って印刷するだけで十分です。

このとき、「今月の提案件数:3件」のような数字は貼らないでください。 件数を貼ると、それは目標になります。目標になると、数を埋めるための提案が出てきます。数を埋めるための提案には、返事をする気力が続きません。そうして仕組みごと止まります。

貼るのは、出た数ではなく、変わった結果です。

名前を出すのを嫌がる方もいます。事前に「掲示板に名前を出してもいいですか」と一言聞いて、嫌なら出さない。それだけです。

5. 声が続くようになってから、紙の様式をつくる

ここまでが回るようになって、はじめて紙の出番です。

様式をつくるときの目安は、こうです。

紙は、声を増やすための道具ではありません。すでに出ている声を、記録として残すための道具です。順番を逆にすると、また空のボックスに戻ります。

表彰金や報奨金は、どうするか

提案1件につき500円、採用されたら3,000円といった報奨金を出す工場もあります。あってもいいのですが、始めるのは経路がつながったあとにしてください。

金額から始めると、金額に見合う提案かどうかを本人が先に判断するようになります。そうすると、「カゴが腰にくる」のような、小さくて大事な声は出てこなくなります。500円をもらうほどのことではない、と本人が思ってしまうからです。

最初に効くのは、お金より返事です。順番だけ守れば、報奨金はあとから足せます。

改善提案が集まる現場にするチェックリスト

まず1つだけやるなら、これだけで十分です。

この一往復だけで、次の声の出方が変わります。 残りは、手が空いたときに少しずつで大丈夫です。

慣れてきたら確認:

全部そろっていなくて構いません。上のひとつが動くだけでも、来月のボックスの中身は変わります。

よければ、こちらも

昼休みの明るい工場の休憩スペースで、改善の結果を貼った掲示板の前に立ち、笑顔で話している現場のリーダーと作業者

用紙が1枚も入らなかったひと月は、無駄ではありませんでした。

あの空のボックスは、「現場にやる気がない」ことを示していたのではなく、「声の通り道が、どこかで途切れている」ことを教えてくれていたからです。それが分かった時点で、直す場所は決まりました。

そして、通り道をつなぐのに必要なのは、新しい制度でも、立派な様式でもありません。今週聞いた声のひとつに、「あれ、来週やってみます」と返すこと。たったそれだけです。

現場の人は、ずっと気づいていました。カゴの高さも、ホースの位置も、機械の音の違いも、毎日ちゃんと見ていました。ただ、言う先が見つからなかっただけです。

今日、誰かの何気ないひとことをメモ帳に書き留めたなら、その経路はもうつながり始めています。

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