
不良が出た日に範囲を絞る。ロット管理・トレーサビリティの始め方
「先日納めていただいた部品で、割れが出まして。同じ材料で作った分は、どこまでになりますか」。
電話でそう聞かれて、受話器を持ったまま頭の中が真っ白になった——そんな経験はありませんか。
作ったのは間違いなくうちです。でも、あのときどのロットの材料を使ったのか。同じ材料で何個作って、どこへ出したのか。思い出そうとしても、確かな手がかりがない。
こうなると、いちばん困るのは「範囲が絞れない」ことです。 自信を持って「この200個だけです」と言えないと、結局は疑わしい分を全部見ることになります。作ったものは悪くないのに、確認作業だけが膨らんでいく。
この記事では、専用のシステムを買わずに、紙とExcelで「たどれる」状態をつくる手順を、今日からできる大きさに分けて一緒に整理します。
結論:トレーサビリティは、番号を3か所でつなぐだけで形になります。①材料が入ってきたときに、その材料に番号を1つ与える(入荷ロット)②作業指示書・現品票に、使った材料の番号を書き写す(製番と材料をつなぐ)③出荷の記録に、その製番と出荷先・数量・日付を残す。この3つがつながっていれば、不良が出たときに「どの材料で、いつ作って、どこへ何個出したか」をさかのぼれます。すべての品番でやろうとせず、材料起因の不良が怖い品番1つから始めれば十分です。
何が起きているか — 「たどれない」は「全部が疑わしい」になる

トレーサビリティというのは、難しく言えば「追跡できること」です。 現場の言葉に直すと、「この製品は、どの材料から、いつ、誰が、どう作って、どこへ行ったのか」をあとから確かめられる状態のことをいいます。
そしてロットは、その追跡の単位です。1個ずつ番号を振るのは大変なので、「この日に入ってきた材料のまとまり」「この製番で流したまとまり」のように、ある程度の束で管理します。
町工場の現場でこれが必要になる場面は、だいたい決まっています。
- 客先から「不具合が出た。同じ条件で作った分を教えてほしい」と連絡が来たとき
- 材料メーカーから「この溶鋼番号に不具合が見つかりました」と通知が来たとき
- 客先の工程監査や、品質協定の締結でロット管理の状況を聞かれたとき
- 自社で「あの不良、いつから出ていたんだろう」と原因を追いたいとき
このとき、記録がつながっていないと何が起きるか。 「たどれない」という状態は、実務では「全部が疑わしい」と同じ扱いになります。
「たぶん大丈夫だと思います」では、客先も動けません。結果として、直近3か月に納めた分を全部確認する、という話になりがちです。手直しや選別の工数、輸送費、そして何より現場の時間が、まるごと持っていかれます。
逆に言えば、記録がつながっていれば、同じ手間で守れる範囲がぐっと狭くなるということです。トレーサビリティは、品質を上げるための仕組みというより、何かあったときに被害を小さく閉じ込めるための仕組みだと考えるとしっくりきます。
なお、ISO9001でも「識別及びトレーサビリティ」という考え方が含まれています。認証を取っていない工場でも、客先から品質協定や取引条件の中で求められることが増えてきました。ただ、いきなり認証の水準を目指す必要はありません。まずは自社が困らない形から始めれば大丈夫です。
具体例 — 記録があった工場と、なかった工場
同じ状況で、記録のつながり方だけが違う2つの工場を並べてみます。
どちらも、客先から「6月に納品いただいたブラケットに割れが出た。材料起因の可能性がある」と連絡を受けたところです。
記録がつながっていなかった場合
- 6月に納めたのは覚えているが、どの材料を使ったかの記録がない
- 材料は同じ規格でまとめて仕入れており、複数回の入荷分が同じ棚に混ざっている
- 結果、「6月に納めた分すべて」が確認対象になった。数量は800個
- 客先の在庫と自社在庫を全数確認し、選別に3日かかった
記録がつながっていた場合
- 作業指示書に、使った材料の受入番号(自社で振った番号)が書いてあった
- その受入番号から材料の証明書をたどると、溶鋼番号が特定できた
- 同じ受入番号の材料で流したのは、製番2件・合計220個
- そのうち客先へ出したのは180個、社内在庫が40個と、その日のうちに答えられた
- 確認対象は220個。選別は半日で終わり、客先にも早く連絡できた
作っている製品も、腕も、まったく同じです。 違ったのは、指示書に番号を書く欄が1つあったかどうか、それだけでした。
材料の証明書そのものの見方と残し方は、ミルシート(材料証明書)の見方と、後で困らない保管の仕方に整理しています。あわせて読むと、番号のつなぎ方がイメージしやすくなります。
影響 — 効いてくるのは、不良が出た日だけではありません
この仕組みが効くのは、トラブルの日だけではありません。
- 回収・選別の範囲が狭くなる:確認する数量が減れば、工数も輸送費も減ります
- 客先への回答が早くなる:「調べて折り返します」が数日から数時間になるだけで、印象はかなり変わります
- 原因追及の材料が増える:「不良が出たのは、特定の入荷分だけ」とわかれば、材料を疑うか工程を疑うかの判断がつきます
- 監査や新規取引で説明できる:ロット管理をどうしているかは、工程監査でよく聞かれるところです
- 社内の記憶に頼らなくてよくなる:「あのときのことはベテランしか知らない」状態から抜け出せます
そして地味ですが、いちばん大きいのはここかもしれません。 「たぶん大丈夫」と言わずに済むようになることです。根拠を持って範囲を示せると、客先との会話が「責任の押し付け合い」ではなく「事実の確認」になります。
明日やること — 3か所をつなぐ手順
一度に全品番へ広げようとすると、まず続きません。 材料起因の不良が怖い品番を1つ選んで、そこだけで試してみてください。
手順1:たどる単位(ロット)を決める
最初に決めるのは、「どのくらいの束でたどるか」です。細かくすればするほど正確になりますが、そのぶん現場の手間は増えます。町工場では、次の2つで十分なことが多いです。
| 種類 | 決め方の例 | 番号の付け方の例 |
|---|---|---|
| 入荷ロット | 仕入先の納品書1行分(同じ材質・同じ入荷日のまとまり) | 入荷日+通し番号(例:260814-01) |
| 製造ロット | 製番(オーダー番号)1件分。長期なら1日単位で区切る | すでに使っている製番をそのまま使う |
製造ロットは、すでにある製番をそのまま使うのがいちばん楽です。 新しい番号体系を作ると、覚えることが増えて定着しません。製番での進捗の追い方は、作業指示書と現品票の整え方。指示ミスと手戻りを減らす7項目でも触れています。
手順2:材料が入ってきたら、その場で番号を与える
ここが起点です。あとから思い出すのは無理なので、受け入れた日にやりきるのがコツです。
- 納品書を受け取ったら、その納品分に自社の受入番号を振る(手順1で決めた形式)
- 材料の現品に、その番号を書いたタグ・ラベルを付ける、または直接マーキングする
- 納品書・証明書のコピーにも同じ番号を書き、1か所にまとめて保管する
現品への表示は、あまり凝らなくて大丈夫です。荷札にマジックで番号を書いて針金で留める、丸棒の端面にマーキングする。それで機能します。
ひとつだけ気をつけたいのは、切断で表示が消えることがある点です。材料の端に付けた刻印やタグは、切り分けた瞬間に残りの材料から情報が失われます。切ったら残材側にも番号を書き写す、というひと手間を決めておくと、あとで助かります。
受け入れのときに見るポイントそのものは、受入検査で材料・部品の不具合を早めに見つけるコツにまとめました。
手順3:作業指示書・現品票に「使った材料の番号」欄を足す
3か所のうち、いちばん切れやすいのがここです。
やることは単純で、作業指示書のフォーマットに「使用材料No.」という欄を1つ足すだけ。材料を出庫して機械に載せるとき、タグの番号をその欄に書き写します。
書き写しを続けるためのコツは3つあります。
- 欄は1つだけにする。増やすほど書かれなくなります
- 書く人とタイミングを決める。「材料を出庫した人が、出庫したときに書く」など
- 空欄のまま次工程へ流さない、を検査や運搬のタイミングで一度だけ確認する
ここで「誰が書くか」を決めずに始めると、たいてい2週間で空欄が並びます。続かないのは現場の意識の問題ではなく、担当が決まっていないだけであることがほとんどです。
手順4:出荷の記録に、製番・出荷先・数量・日付を残す
出口側です。ここは、新しい帳票を作らなくても、納品書の控えで足りることが多いです。
確認したいのは、控えを見たときに次の4つがわかるかどうか。
- いつ出したか(出荷日)
- どこへ出したか(客先・納入先)
- 何を何個出したか(品番・数量)
- どの製番の分か
最後の「製番」が抜けている工場が意外と多いところです。控えの余白に製番を書き添えるだけでも、たどれるようになります。Excelで出荷一覧を持っているなら、列を1つ足すだけで済みます。
手順5:保管期間を決めて、置き場を1か所にする
最後に、記録をいつまで持つかを決めます。
まずは客先の要求を確認してください。 品質協定書や取引基本契約に保管期間が書かれていることがあります。指定がない場合は、その製品が実際に使われる期間(製品寿命)を目安に、社内で決めてしまって構いません。「指定がなければ一律で保管する」と決めている工場もあります。
大事なのは年数そのものより、決まっていることと、探せる場所にあることです。年ごと・製番順のファイルボックス1つで十分機能します。
ロット管理・トレーサビリティのチェックリスト(コピーして使えます)
全部を一度にそろえる必要はありません。まずは「今日やる最低ライン」の3つに絞ってください。
今日やる最低ライン(この3つだけ)
- 試す品番を1つ決めた(材料起因の不良がいちばん怖いもの)
- 入荷ロットの番号の付け方を決めた(入荷日+通し番号など)
- 作業指示書に「使用材料No.」の欄を1つ足した
余裕が出たら、ここから先へ
- 受入番号を書く人とタイミングを決めた(例:材料を受け取った人が、その日のうちに)
- 現品にタグ・マーキングで番号を表示するようにした
- 材料を切断したら、残材側にも番号を書き写すと決めた
- 納品書控え(または出荷一覧)に製番を残すようにした
- 検査記録にも製番を書き、材料とつながるようにした
- 記録の保管期間と置き場を決めた(客先の指定があればそれに合わせる)
- 1か月後に、指示書の「使用材料No.」欄が埋まっているかだけ見る予定を入れた
深追いしない目安
- 単純な形状で、材料が変わっても機能に影響しにくい品番は、製番の記録だけで一区切りにしてよい
- 安全に関わる部品・客先が指定してきた部品・過去に材料起因の不具合があった品番は、入荷ロットまでしっかりつなぐ
迷ったときの原則
- 番号は増やさない。すでにある製番を使い回すほうが、新しい体系より必ず続く
- 「あとで書く」は書かれない。現品に触れたその場で書ける形にしておく
よければ、こちらも
- 材料の証明書そのものの見方と残し方は、ミルシート(材料証明書)の見方と、後で困らない保管の仕方で整理しています。
- 見つけた不良を後工程へ流さない置き場のつくり方は、不良品の識別・隔離。後工程への流出を止める現場ルールもあわせてどうぞ。
- 実際にクレームが起きたときの動き方は、クレーム発生時の初動と是正報告書の書き方にまとめました。
- 材料や条件が「いつもと違う」日を見逃さない仕組みは、4M変化点管理で「いつもと違う」を見逃さないが近い話です。

不良が出た日に範囲を絞れないのは、あなたの現場の記録がずさんだからではありません。 毎日きちんとものを作ってきたからこそ、記録を残す余裕がなかった。それだけのことです。
トレーサビリティは、大きなシステムを入れる話ではありません。 指示書に欄を1つ足して、材料に番号を1つ書く。今日そのひと手間を足しておけば、いつか電話が鳴った日に、あなたは落ち着いて「この220個です」と答えられます。
その一言が、現場を守り、お客さまの信頼を守ります。 派手ではなくても、今日の番号ひとつが、明日のものづくりを静かに支えています。