夕方の事務所で、1個だけの加工依頼のメモと小さな部品を前に、受けるかどうか少し迷っている町工場の経営者

小口の仕事で赤字にしない。最低受注金額(ミニマムチャージ)の決め方

夕方、電話が鳴る。

「すみません、これ1個だけなんですけど、できますか」

図面を見れば、たしかに作れる。材料もある。断る理由もない。だから「はい、やりますよ」と答える。

そして数日後、その1個を出荷して、請求書を書きながらふと思う。この仕事、いくらだったっけ。8千円。あれ、そんなものだったか。図面を見て、材料を手配して、段取りを組んで、削って、測って、梱包して、送り状を書いて、請求まで。ぜんぶ合わせたら、半日は触っていた気がする。

小口の仕事が合わないのは、加工の値付けが下手だからではありません。 削っている時間は正しく見積もれているのに、その前後にぶら下がっている手間が金額のどこにも入っていない——それだけの話です。1個でも100個でも、引き合いを受けて、見積を出して、伝票を切って、出荷して、請求する手間はほぼ同じだけかかります。

この記事で一緒にやりたいのは、小口の仕事を断る練習ではありません。 「ここから下は、そのままの形では受けない」という線を1本引いて、その線の下に来た話を“別の受け方”に変える。そのための基準づくりです。

結論:最低受注金額は「①1件受けるだけでかかる事務・間接の時間を測る → ②その時間に事務のチャージを掛ける → ③段取り+加工+材料を足して、利益を乗せる → ④端数を切り上げて社内の基準にする」の4ステップで出せます。決めた金額は客先を切るための線ではなく、まとめてもらう・同便に載せる・あえて下回るを判断するための線です。

進める順番は、こうです。

  1. 直近3か月の受注を並べて、金額の小さい順に20件だけ見る
  2. 1件受けるのにかかる事務・間接の時間を、ストップウォッチではなく記憶で書き出す
  3. その時間を金額に置き換える
  4. 段取り・加工・材料を足して、最低ラインの金額を出す
  5. 切りのいい数字に丸めて、社内の基準として口に出す

大事なのは5番です。 計算した金額を紙に書いて終わりにすると、次の電話でまた「はい、やりますよ」と言ってしまいます。基準は、社内の全員が同じ数字を言えるようになって初めて基準になります。

何が起きているか — 小口が合わないのは、削っている時間ではない

加工賃の見積は、たいていの現場でそれなりに合っています。時間チャージ(機械1時間を動かすのにかかる費用。加工賃の「時間チャージ」を自社で計算する手順で出し方を整理しています)を決めて、加工時間を掛ける。この部分は、長くやっていれば体でわかります。

合わなくなるのは、その前と、そのあとです。

1件の仕事には、加工とは別に、こういう手間がぶら下がっています。

受ける前

作る前後

出したあと

ここで大事なのは、この手間の量が、数量とほとんど関係ないということです。

1個でも、500個でも、電話は1本。見積は1枚。受注登録は1回。送り状は1枚。請求書は1枚。数が少ないほど、この固定の手間が1個に丸ごとのしかかります。

しかも、この手間はどこにも記録されません。加工時間は日報に書きますが、「見積を作った15分」を日報に書いている現場は、まずないと思います。記録されない時間は、原価にも入りません。 だから小口の仕事は、帳簿の上では黒字に見えていることさえあります。

もうひとつ、小口には隠れた重さがあります。

このあたりは少量・試作の見積で利益を残す、価格の決め方で、1ロットいくらで立てる考え方として整理しました。今回の話は、その一歩手前です。そもそも「1件を受けるだけでいくらかかるのか」という下限を、自社の数字で持っておく、という話です。

そして、これを持っていない現場で何が起きるか。

判断が、そのときの気分と、相手との関係で揺れます。長い付き合いの客先なら受ける。新規なら少し高めに言う。忙しい日は断り、暇な日は受ける。悪いことではありませんが、社長が電話に出たときと、事務の人が電話に出たときで答えが変わるのは、現場としてはつらいところです。

線を1本引いておくと、この揺れが減ります。誰が電話に出ても、同じ入り口から話が始まります。

具体例 — 1件80分の「見えない手間」を、金額に置き換える

最低受注金額が3つの費用の積み重ねでできていることを示した図。下から加工、段取り、事務の3段が積み上がり、その合計の高さに最低金額の線が引かれている
最低受注金額は「加工」だけでは決まらない。その上に「段取り」、さらに「事務」が積み上がった合計が下限になる

上の図のとおり、下限を決めているのは加工だけではありません。その上に段取りが乗り、さらに事務が乗ります。実際に数字を置いて計算してみます。

ステップ1:1件あたりの事務・間接の時間を書き出す

正確に測る必要はありません。「だいたい何分か」を、思い出しながら書くだけで十分です。ある現場の例です。

内容時間
引き合い受付・図面確認10分
見積作成・回答15分
受注処理(受注入力・納期回答)5分
材料手配(発注・受入・現物確認)10分
作業指示書・現品票の用意5分
検査記録・成績書10分
梱包・送り状・運送手配15分
請求書発行・入金消込10分
合計80分

1件80分。1時間20分です。多いと感じるかもしれませんが、思い当たる節があるのではないでしょうか。この80分は、部品を1個作るときも、500個作るときも、ほぼ同じだけかかります。

ステップ2:時間を金額に置き換える

事務・間接の時間チャージを決めます。これは加工のチャージとは別に持ちます。間接の人の人件費に、会社の固定費を乗せた金額です。出し方の考え方は時間チャージの計算手順と同じで、年間費用 ÷ 年間で実際に使える時間です。

自社で計算するのが本筋ですが、ここでは仮に 3,000円/時 で置きます。

80分 = 1.33時間
1.33時間 × 3,000円 = 約4,000円

1件受けるというだけで、削る前から4,000円かかっているということです。

ステップ3:段取り・加工・材料を足す

小口でよくある形で置いてみます。

内容計算金額
事務・間接80分 × 3,000円/時4,000円
段取り30分 × 5,000円/時2,500円
加工10分 × 5,000円/時833円 → 約800円
材料定尺1本から取るため端材込み1,200円
原価合計8,500円

段取りと加工のチャージは、機械の時間チャージ5,000円/時で計算しています。

ステップ4:利益を乗せて、丸める

売価に対して20%の利益を残したい場合、原価は売価の80%になります。

8,500円 ÷ 0.8 = 10,625円

これが、この現場が1件を受けるときの下限です。切りのいい数字に丸めて、「1件あたり最低12,000円(税別)」を社内の基準に置きます。少し上に丸めるのは、例外対応や見落とした手間の余地を持たせるためです。

ここで、冒頭の8千円の仕事を思い出してみてください。下限を4,000円ほど下回っていたわけです。悪意も油断もなく、ただ、線がなかったから見えなかっただけです。

ステップ5:過去の受注と突き合わせる

計算した基準が現実的かどうかは、過去の実績に当ててみるとすぐわかります。

ある現場で、直近3か月の受注120件を金額順に並べたところ、12,000円未満が28件(全体の約23%)ありました。この28件の合計売上は約15万円です。

一方、この28件にかかった事務・間接の時間は、

28件 × 80分 = 2,240分 = 約37時間
37時間 × 3,000円/時 = 約11万円

売上15万円に対して、削る前の手間だけで11万円。ここに段取りと加工と材料が乗ります。3か月ぶんの小口を全部足しても、ほとんど残っていなかった計算になります。

この数字を出すと、たいてい現場は静かになります。でも、責められるべき人は誰もいません。1件ずつ見れば、どれも断る理由のない、まっとうな仕事だったはずです。1件では見えないものが、28件並べて初めて見えたというだけのことです。

影響 — 線を引くと、「断る」以外の選択肢が増える

最低受注金額を決めると聞くと、「小さい仕事は断る、ということか」と身構えるかもしれません。実際にやってみると、むしろ逆のことが起きます

1. 断る/受けるの二択が、四択になる

線がないときの選択肢は、「受ける」か「断る」の2つしかありません。断りたくないから、結局ぜんぶ受けます。

線があると、こうなります。

状況取れる手
単発で、今後も続かなそう最低金額で見積を出す(下回らない)
同じ客先から、月に何度も小口が来るまとめて出してもらうよう相談する
別の仕事と同じ客先・同じ納期同便・同伝票に載せて、事務を1回で済ませる
新規客先で、量産の入り口になりそうあえて下回る(判断した記録を残す)

一番効くのは、真ん中の2つです。値段を上げるのではなく、事務を1回にまとめる。 同じ客先の小口を月2回にまとめてもらうだけで、80分の手間が半分になります。これは客先にとっても悪い話ではないので、切り出しやすい相談です。

2. あえて下回る判断が、堂々とできるようになる

これは大きいところです。線がない現場では、安い仕事を受けたあとに、なんとなく後ろめたさが残ります。線があると、「今回は基準を下回るが、次の量産につながる可能性があるから受ける」と、理由をつけて選べます。

サービスで受けるのと、意図して投資として受けるのは、まったく別物です。 前者は積み重なると疲れますが、後者は続きます。判断を1行だけ残しておけば、半年後に「あれは実になったのか」を振り返ることもできます。振り返り方は見積と実際原価の差を振り返る、月イチのやり方が使えます。

3. 事務の人が、その場で答えられるようになる

「これ1個だけなんですけど」の電話に、社長がいないと答えられない——この状態が地味にきついところです。基準があれば、事務の人がその場でこう返せます。

「1個からお受けできます。ただ、1件あたりの最低金額を12,000円でいただいております。もしほかにも出るご予定があれば、まとめていただいたほうがお得になりますので、お聞かせいただけますか」

断らずに、まとめる相談に持っていける。これが線の一番いい使い方です。

4. 見積の返答が速くなる

小さい案件ほど、「いくらで出そうか」と迷って後回しになりがちです。下限が決まっていると、迷う時間が消えます。見積の返答スピードは受注率に効いてくる部分でもあるので、見積の返信スピードを上げて受注率を落とさない工夫とあわせて考えると効きます。

5. 赤字の仕事に、大事な機械の時間を取られなくなる

小口は、金額が小さいわりに段取りを1回まるごと使います。同じ段取り時間を、もっと残る仕事に回せるようになる——これが、線を引いたあとに一番効いてくる変化かもしれません。この見方は限界利益で見る、赤字受注を受けるべきかの判断と地続きです。

明日やること — 最低受注金額を決める5つの手順

手順1:直近3か月の受注を、金額の小さい順に20件だけ並べる

いきなり計算から入らず、現物を見るところから始めます。

売上台帳でも、請求書の控えでも、受注メモでもかまいません。直近3か月ぶんを金額順に並べて、下から20件だけを見ます。全部を分析しようとすると、その時点で止まります。

見るのは3つです。

同じ客先が3件以上並んでいたら、それは値上げの相談ではなく「まとめる相談」の候補です。ここを先に見つけておくと、後の手順が前向きな話になります。

手順2:事務・間接の時間を、記憶で書き出す

前の章の表を、自社の言葉で埋めます。ストップウォッチは要りません。「だいたい何分か」を、実際にやっている人に聞くのが一番早くて正確です。

聞き方のコツは、工程名ではなく動作で聞くことです。

この聞き方にすると、たいてい「あ、そういえば納期の確認で1回電話してます」といった、忘れられていた手間が出てきます。忘れられている手間ほど、原価から抜け落ちています。

数え漏らしやすいのは、この4つです。

手順3:事務の時間チャージを決める

加工のチャージとは別に、事務・間接のチャージを1つ持ちます。ざっくり出すなら、こうです。

(間接部門の年間人件費 + 事務所の固定費) ÷ (間接の人が年間で実際に働ける時間)

正確さよりも、社内で一度決めて、しばらく変えないことのほうが大事です。毎回違う数字で計算すると、基準になりません。詳しい出し方は時間チャージの計算手順と、間接費をどう配賦するかの考え方を見てください。

手順4:最低金額を出して、切り上げる

前の章の4ステップで計算します。

(事務時間 × 事務チャージ)+(段取り時間 × 機械チャージ)+(加工時間 × 機械チャージ)+ 材料費 = 原価
原価 ÷(1 − 目標利益率)= 最低受注金額

出た数字は、必ず切りのいい数字に切り上げます。10,625円なら12,000円。理由は2つあります。数え漏らした手間の余地を持たせるためと、口に出しやすい数字にするためです。「1万625円からです」とは言えませんが、「1件1万2千円からです」なら言えます。

機械や工程で下限が大きく違う場合は、1つに無理やりまとめず、2〜3種類持ってもかまいません(例:単純な切断だけなら8,000円、フライス加工が入るなら15,000円)。ただし、増やしすぎると誰も覚えられなくなります。多くて3つまでが実用的なところです。

手順5:社内で言葉をそろえて、書いておく場所を決める

決めた金額を、次の電話で全員が同じように言えるところまで持っていきます。やることは3つです。

(1)言い方を1つ決めて、電話のそばに貼る

「1個からお受けしています。1件あたりの最低金額は12,000円(税別)からとさせていただいております。ほかにも出るご予定があれば、まとめていただくと1件ぶんで済みますので、お気軽にご相談ください」

ポイントは、断りの言葉で終わらせず、必ず「まとめる相談」の入り口を添えることです。

(2)見積書に但し書きを1行入れる

※ 1件あたりの最低受注金額を12,000円(税別)とさせていただいております。

見積書の但し書きは、口で言いにくいことを角を立てずに伝えられる場所です。書き方は見積書の有効期限と但し書きの整え方にまとめました。

(3)例外を決めておく

基準は、例外があって初めて運用できます。先に決めておくと迷いません。

線を引くことより、例外を先に決めておくことのほうが、実は運用の要です。例外がないルールは、破られた瞬間に無かったことになります。

最低受注金額を決めるためのチェックリスト(コピーして使えます)

今週やること

金額を出すときに確認すること

運用を始める前に決めること

始めたあと、月に1回見ること

深追いしない目安

迷ったときの原則

よければ、こちらも

明るい昼の事務所で、電話を受けている事務の女性が落ち着いた笑顔で応対し、その後ろで作業服の経営者が安心した表情でうなずいている場面

小口の仕事を安く受けてきたのは、値付けが甘かったからではありません。 目の前の1件は、いつだって断る理由のない、まっとうな仕事だったからです。困っている相手を助けたい気持ちで受けてきたことを、あとから責める必要はまったくありません。

ただ、その気持ちが続くためには、線が1本要ります。 線があれば、助けるときに「これは助ける仕事だ」と自分でわかったうえで受けられます。わかって受けた仕事は、あとで苦くなりません。

そして不思議なもので、最低金額を伝えるようになると、客先との会話が少し変わります。「じゃあ、来月ぶんもまとめて出すわ」。そう言ってもらえたとき、それは値上げが通ったのではなく、こちらの事情をひとつ分かってもらえたということです。

今日、直近3か月の受注を金額の小さい順に20件だけ並べてみてください。 そこに並ぶのは、赤字の証拠ではありません。断らずに受け続けてきた、この会社の仕事の記録です。線を引くのは、その記録をこれからも続けていくためです。

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